心理発達コラム
「歌うこと」が心にもたらす科学的効果とは?
はじめに
「なんとなく、歌うとスッキリする」「ひとりで鼻歌を歌っていると、心が落ち着く」──そんな経験はありませんか?
実はこの「歌うこと」には、私たちの心と身体に良い影響を与えるたくさんの効果があることが、心理学や脳科学の研究でも明らかになってきています。
今回は、歌うことがもたらす科学的なメリットと、その背後にあるメカニズムについて、信頼性のある研究をもとにご紹介します。
1. 歌うことの心理的効果
心理学や生理学の研究から、歌うことが心の健康に良い影響を与えることがわかっています。ここでは、歌唱によるリラックス効果や、ホルモン分泌への働きかけなど、具体的な効果を見ていきましょう。
1-1. 自律神経が整う
歌うと自然に呼吸が深くなり、副交感神経が優位になります。これはリラックスしたときに働く神経で、心身を「休めるモード」に切り替えてくれます。音楽活動により、心拍変動(HRV)が改善されるとの報告もあります(Chanda & Levitin, 2013)。
1-2. ストレス軽減とホルモン分泌
歌唱中や合唱活動においては、オキシトシン(信頼や絆のホルモン)やエンドルフィン(鎮痛・多幸感作用)が分泌され、ストレスが軽減されると示唆されています(Fancourt et al., 2016)。また、ドーパミンの放出による気分改善効果も報告されています(Salimpoor et al., 2011)。
1-3. 自己肯定感と達成感の促進
歌うことによって得られる「できた」という感覚は、自己効力感や自己肯定感を高めます。特に、評価を伴わない歌唱体験では、失敗を恐れず自己表現する機会となり、内面的成長に寄与します(Clift & Morrison, 2011)。
2. 脳科学から見る“うたう”の力
歌うことによって私たちの脳内ではさまざまな神経活動が活発になります。このセクションでは、音楽が脳に与える具体的な影響と、それが心の健康にどうつながるのかを脳科学の視点から見ていきます。
2-1. ドーパミンによる報酬系の活性化
音楽活動は脳の報酬系(腹側被蓋野~側坐核)を刺激し、快感ホルモンであるドーパミンの放出を促します。これは、報酬予測と感情の制御に関わる神経ネットワークに作用することで、うつ症状の緩和にも一定の効果があるとされます(Salimpoor et al., 2011; Aalbers et al., 2017; Tang et al., 2020)。」
2-2. 前頭前野やブローカ野の活性化
歌うことは、脳の広範な領域を刺激する活動とされており、特に感情調整や行動制御を担う前頭前野、言語生成に関わるブローカ野などが関与する可能性があります。
Zatorre, Chen & Penhune (2007) は、音楽の知覚と表現において聴覚と運動が連携することを示しており、こうした神経活動の広がりが前頭前野の活性化にもつながると考えられています。
さらに、Koelsch et al.(2018)のfMRI研究では、音楽が情動処理に関連する前頭前野を含む神経ネットワークを活性化することが報告されており、歌唱による感情調整や思考の整理といった心理的効果の神経的基盤を支持しています。
3. 安心して歌える場を持つことの意味
どんなに良い効果があると分かっていても、「安心して声を出せる場」がなければ、その効果は十分に発揮されません。ここでは、心理的安全性の重要性と、それを支える環境づくりについてお伝えします。
効果があるとされている歌唱活動も、「人前で歌うのが恥ずかしい」「音程を気にしてしまう」といった不安があると、かえってストレスとなる場合があります。
そのため、心理的安全性が確保された空間での歌唱活動がとても重要です。評価や批判の心配がなく、自分らしく声を出せる環境は、心の緊張を和らげ、歌うことの効果をより引き出してくれます。
ここケットの「歌うワークショップ」では、臨床心理士と音楽家の協働により、評価されず、安心して声を出せる環境を整えています。これは音楽療法的視点からも重要な実践であり、非言語的な表現による自己探求を支える基盤となります。
4. まとめ
ここまで見てきたように、歌うことは心と体にさまざまな恩恵をもたらす力を持っています。最後に、それらをふまえた上での実践的な一歩をご提案します。
歌うことは、誰にでもできるシンプルな行為ですが、その中には私たちの心と身体を整える大きな力が秘められています。
「なんとなく元気が出ないな」「ちょっと自信を持ちたいな」──そんなときこそ、ぜひ声を出してみてください。
そして、もっと安心して「うたう」ことを体験したい方へ。大阪・天王寺区で開催されている臨床心理士と音楽家による「歌うワークショップ」では、評価されない安心な場で、自分自身を大切にする音楽時間が用意されています。
5.🎵 体験してみませんか?
6.参考文献
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Koelsch, S., Skouras, S., & Lohmann, G. (2018). The auditory cortex hosts network nodes influential for emotion processing: An fMRI study on music-evoked fear and joy. PLoS Biology, 16(9), e2006427.
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Chanda, M. L., & Levitin, D. J. (2013). The neurochemistry of music. Trends in Cognitive Sciences, 17(4), 179-193.
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Fancourt, D., Aufegger, L., & Williamon, A. (2016). Low-stress and high-stress singing have contrasting effects on glucocorticoid response. Frontiers in Psychology, 7, 1152.
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Salimpoor, V. N., Benovoy, M., Larcher, K., Dagher, A., & Zatorre, R. J. (2011). Anatomically distinct dopamine release during anticipation and experience of peak emotion to music. Nature Neuroscience, 14(2), 257–262.
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Clift, S., & Morrison, I. (2011). Group singing fosters mental health and wellbeing: Findings from the East Kent “singing for health” network project. Mental Health and Social Inclusion, 15(2), 88–97.
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Zatorre, R. J., Chen, J. L., & Penhune, V. B. (2007). When the brain plays music: auditory–motor interactions in music perception and production. Nature Reviews Neuroscience, 8(7), 547–558.